段論 #2 自由下段環
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前回の続きを書きます.
一般化
導入記事と前回の記事では与えられたモノイド上の自由群の剰余群から自然数モノイドへ準同型を作り,それを用いて下段環を定義したが,この方法ではそのようなモノイド準同型が存在しない場合は下段環を構成できない.そこで,前回定義した下段環の構成をより一般化し,広い範囲で考える.冗長になるが,再び最初から構成する.
をモノイドとし, 上の自由群を と表す. を以下のように定義する.
ただし, は 次対称群を表し, のときは空文字 を表す.
証明 まず, が部分群であることは明らかであるので,正規部分群であることを示す.任意の について,
となるので成り立つ.
証明
が の演算について群になるのは明らか.さらに,任意の (ただし )についても
\begin{align*} x + y &= (x_1, \ldots, x_m) + (y_1, \ldots, y_n)\\ &=(x_1, \ldots, x_m, y_1, \ldots, y_n)\\ &\equiv ( y_1, \ldots, y_n, x_1, \ldots, x_m )\mod H\quad(\because \mathrm{below.})\\ &= y + x \end{align*}
となり,アーベル群になる.(below: を
とすればよい.)
また, における演算 は に自然に誘導される.まず, について
と定義する.これを用いて について
と,(行列の積のように)定義する.この演算について, は 単位元 を持つモノイドをなす.また, について,
\begin{align*} (x + y) \cdot z &= (x_1, \ldots, x_m, y_1, \ldots, y_n) \cdot (z_1, \ldots, z_l)\\ &= (x_1 \cdot z_1, x_1 \cdot z_2, \ldots, y_n \cdot z_l)\\ &= (x_1 \cdot z_1, \ldots , x_m z_l) + (y_1 \cdot z_1, \ldots, y_n \cdot z_l)\\ &= x \cdot z + y \cdot z \end{align*}
となり,( についても同様に成り立つので)分配法則を満たす.よって は単位的環である.
定義 をモノイド 上の自由下段環(free low-level ring)という.
前回はここから元のモノイドから自然数モノイドへのモノイド準同型を用いて同値関係を定義し,その同値関係で剰余することによって具体的な下段環を定義した.ここでは,集合論的にではなく代数的に考える.まず,簡単な例から考える.
例 2.3 を ( を含まない) 自然数全体の集合とすると,これは通常の積においてモノイドをなす.その自由下段環 は
と表される環である.ただし,その引き算は
であることに注意する.ここで,イデアル を
と定義する(上のカギカッコの中で 1 は 個並んでいる).このとき,以下が成り立つ.
Claim:
証明 を に対し (ただし, のときは を として和を取る)とすると, はwell-definedな環準同型となる.さらに は全射である.実際に,任意の に対し, (1 が 個並んでいる) とすると, となる.次に, であることを示す.明らかに は成り立つ.逆の包含は読者への課題とする.よって環の第一同型定理より主張は成り立つ.
定義 環 がモノイド の下段環(low-level ring)であるとは,あるイデアル が存在して であることとする.
例 2.4 (2.2)より は の下段環である.
以下,簡便のためモノイドの演算および環の積を表す を省略する.
証明 は以下のようにして に拡張される.
\begin{equation} \begin{array}{cccc} f: & S \cup S^{-1} & \to & T \cup T^{-1} \\ & s & \mapsto & \begin{cases} f(s) & (s \in S)\\ f(s^{-1})^{-1} & (s \in S^{-1}) \end{cases} \end{array} \end{equation}
これは再びモノイド準同型となる.ここで, を について
\begin{equation} \begin{array}{cccc} L(f): & L(S) & \to & L(T)\\ & x & \mapsto & (f(x_1), \ldots, f(x_m)) \end{array} \end{equation}
と定義する. について,
\begin{align*} L(f) (x + y) &= L(f)(x_1, \ldots, x_m, y_1, \ldots, y_n)\\ &= (f(x_1), \ldots, f(x_m) , f(y_1), \ldots, f(y_n))\\ &= (f(x_1), \ldots, f(x_m)) + (f(y_1), \ldots, f(y_n))\\ &= L(f)(x) + L(f) (y) \end{align*}
および,
\begin{align*} L(f) (x y) &= L(f)(x_1 y_1, x_1 y_2 \ldots, x_m y_n)\\ &= (f(x_1 y_1), f(x_1 y_2), \ldots f(x_m y_n)) \\ &= (f(x_1) f(y_1), f(x_1) f(y_2), \ldots, f(x_m) f(y_n))\\ &= (f(x_1), \ldots, f(x_m)) (f(y_1), \ldots, f(y_n))\\ &= L(f)(x) \cdot L(f) (y) \end{align*}
となるので, は環準同型となる.
証明 を 上の恒等写像とすると, は
となり恒等写像になる.また, と についても,
\begin{align*} L(g \circ f)(x_1, \ldots, x_m) &= ( (g\circ f)(x_1), \ldots, (g \circ f)(x_m))\\ &= (g(f(x_1)), \ldots, g(f(x_m)))\\ &= L(g)(f(x_1), \ldots, f(x_m))\\ &= (L(g) \circ L(f)) (x_1, \ldots, x_m) \end{align*}
となるので結合的である.以上より成り立つ.
今回は改めて段論の言葉を整理した.次回以降ではモノイドの下段環に加えて環の下段環,特に有限体の下段環を調べる.具体的には が の下段環であることなどを詳しく見ていく.